北斗星(2月2日付)

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 秋田市生まれのフリーライター、井川直子さん(49)の最新書き下ろし「昭和の店に惹(ひ)かれる理由」(ミシマ社)は、酒場や喫茶店など10軒のルポルタージュだ

▼井川さんの言う昭和とは食事の前に固く絞った布巾で食卓を拭く、寝る前には服を畳んで枕元に置く、などのように、居住まいも振る舞いも「きちんと」していることを指す。自身の祖父母が生きた時代でもある

▼なるほど、店内を神社のごとくすがすがしく整える「とんかつ とんき」(東京・目黒)、通人(つうじん)も不慣れな客も全肯定で受け入れるすし「鶴八」(神保町)、鶏が夏バテして味が落ちる8月いっぱい休業する焼き鳥「鳥福」(渋谷)など、どの店もきちんと筋が通っている

▼男鹿出身の大女将(おかみ)が半世紀にわたっていろりの火を守り続ける炉端焼き「田楽(でんがく)」(神奈川・鎌倉)や、秋田の川反に銀座の正統派バーそのものを出現させた「ル・ヴェール」の2店が紹介されているのもうれしい

▼食に関わるルポを書いてきた井川さんには、「祖父母の世代から十分に話を聞いていない」との思いがあり、この1年は昭和を訪ね歩く日々だったという。それは合理性や効率性が優先される中でこぼれ落ちた価値観を拾い上げる作業でもあった

▼「昭和を知らない若い世代ほど昭和に価値を見いだす」という井川さんの言葉に、昭和の中間点で生まれた筆者は反省する。ネットのグルメ情報やコスパ(コストパフォーマンス)に惑わされ過ぎであったと。