社説:震災6年・福島の今 帰還の環境を整えたい

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 東日本大震災と東京電力福島第1原発事故を受けて福島県が発表している「被害状況即報」が、13日付で第1685報を数えた。その前の6日付から死者は8人増えて3967人に、避難者は1943人減って7万7283人になった。即報はいつ終わるとも知れない福島再生への記録の一端である。

 福島県で、原発事故に伴う現行の避難指示区域が設定されたのは2013年8月。当時の対象面積は11市町村の計1149平方キロだった。放射線量の低い所から除染が進んで避難指示が順次解除されており、今年4月には7市町村の計369平方キロまで縮小される。17年度には線量の高い帰還困難区域の一部でも除染が始まる見通しだ。

 だが、避難指示解除が住民の帰還につながるかは不透明だ。原発周辺市町村からの避難世帯に帰還意向を尋ねた復興庁などの16年度調査(一部は15年度実施)では、帰還困難区域を抱える富岡、大熊、双葉、浪江4町に「戻りたい」と答えた世帯はそれぞれ10%台。「戻らない」が半数超で、その割合は4町とも14年度調査より増えた。

 戻らない理由としては、必要な医療・介護が受けられるかという心配があることや、原発の安全性に対する不安が挙げられている。「避難先で生活基盤を築いた」「生活に必要な商業施設などが元に戻りそうにない」との声も多かった。かつては戻る意思があった住民も、避難生活の長期化に伴ってその思いが薄れつつあるようだ。

 浪江町の馬場有(たもつ)町長は「町残し」に力を注ぐと言い、町消滅回避への意欲を示す。帰還希望者がいる限り、どういった環境が整えば戻れるのかというニーズをくみ取ることは原発周辺市町村の共通の課題だ。帰還を実現させるため、国も当事者としてスピード感を持って取り組む必要がある。

 また、原発事故の被災者を巡っては、「震災いじめ」が深刻な問題となっている。横浜市へ自主避難している中学1年の男子が11年8月(当時小学2年)の避難後、同級生から「菌」呼ばわりされたり、「賠償金をもらっているだろう」と言われて遊ぶ金をたかられたりしたことが昨年11月に判明した。

 この件を皮切りに、新潟県や千葉県、山形県などで避難世帯の子どもがいじめに遭ったとする事例が相次いで報じられた。原発被災者へのいわれなき差別が今も残っていることに強い憤りを覚える。国がいじめ防止対策基本法の基本方針改定に際し、「被災児童・生徒へのいじめの未然防止と早期発見に取り組む」と明記することにしたのは当然である。

 以前住んだまちに戻らないと決めた人、戻れる日を待つ人、風評や差別に苦しむ人。大切な人を亡くした喪失感が消えないままの人もいる。こうした福島の人たちの胸中を推し量る努力を続けたい。