北斗星(4月21日付)

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 通勤途中に見上げると、秋田市役所前のヤナギが芽吹いていた。柄にもなく、石川啄木の〈やはらかに柳あをめる/北上の岸辺目に見ゆ/泣けとごとくに〉が口をついて出た

▼古里の岩手から遠く離れて暮らす啄木は、北上川べりのヤナギが青く色づく情景を思い浮かべながら、泣きたくなるほど望郷の思いを募らせたのだろう。この歌は啄木の第1歌集「一握(いちあく)の砂」(1910年)に収められている

▼秋田市の山王大通り沿いに植わっているヤナギやプラタナスの一部は、かつて朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)に帰還する人たちが記念に植樹したという。啄木のように、このヤナギを思い浮かべる人がどこかにいるかもしれない

▼戦前から戦中にかけて多くの朝鮮人が労働力として日本各地に駆り出された。戦後も日本にとどまった人がいる一方で、1948年に北朝鮮が建国されると希望を胸に一家で移り住む人々がいて、県内でも各地で壮行会が開かれた

▼日朝赤十字による帰還事業で朝鮮人の夫と北朝鮮に渡った日本人妻は約1800人、本県からは10人以上が渡航したとみられる。だが日朝間に国交がないため多くは里帰りさえできず、既に亡くなった人もいる

▼現地からの最新情報では、北朝鮮東部の咸鏡南道(ハムギョンナムド)にはそんな日本人妻が38人いて、戦後の混乱で現地にとどまった残留日本人とともに「ムジゲ会」という親睦会をつくって交流を続けているという。日本語で「虹」を意味する会の名前が切ない。