北斗星(9月13日付)

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 県立美術館(秋田市)の大壁画「秋田の行事」(1937年)誕生にまつわるエピソードに「世界一」論争がある。事実ではないものの、登場人物の個性を伝えていて、いかにもありそうな話である

▼パリ画壇で名を上げた藤田嗣治が秋田市を訪れ、「私はローマ法王に拝謁(はいえつ)を許された世界第一の芸術家である」と宴席で胸を張れば、列席していた平野政吉が「世界一の芸術家なら世界一の画を描いてもらおうじゃないか」とたんかを切った

▼秋田市の資産家に生まれ、殿様気分の平野ではあったが、実際のところはたんかを切るどころか、藤田の迫力に圧倒されたという。だとしても、藤田と平野という強烈な個性が響き合ったからこそ「秋田の行事」は誕生した

▼藤田が1928年にパリで描いた大作「構図」と「争闘」の2点が、県立美術館の特別展「レオナール・フジタとモデルたち」(11月12日まで開催中)で展示されている。本日付の小紙文化欄で一部を紹介している通り、どちらも裸の男女がさまざまなポーズを取る群像画だ

▼この2点で藤田が初めて取り組んだ群像表現は、後に平野家の土蔵で描いた「秋田の行事」や、戦地に赴いて描いた戦争画にも生かされたという

▼特別展で2点は「秋田の行事」と対面するように展示されており、なるほど「争闘」の男性は竿燈でもみ合う男衆とポーズが同じだ。じかに見比べることができるとは、ぜいたく極まりない。泉下の平野翁も満足していることだろう。

特別展「レオナール・フジタとモデルたち」の詳細はこちら