北斗星(11月14日付)

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 赤外線カメラで撮影された写真に「秋田城」の文字がはっきり見えた。今年7月、大仙市の国指定史跡「払田柵跡(ほったのさくあと)」から出土した漆紙文書(うるしがみもんじょ)。出土遺物で「秋田城」が確認されたのは初めてだ

▼払田柵と秋田城は、古代国家が地方支配のために置いた官衙(かんが)、すなわちお役所。そして漆紙文書は役所で作成された行政文書だ。今回見つかったのは、物資を送った際に記録する帳簿の下書きらしい

▼千年前の文書が残るのは偶然に近い。当時は、保存期間を過ぎた文書は再利用され、一部は漆を保存する容器の「ふた紙(落としぶた)」となった。漆で腐敗を免れた文書が各地の官衙跡で出土し、当時の役所の仕事ぶりを伝えている

▼秋田城跡でも30以上の漆紙文書が見つかり、秋田市寺内の秋田城跡歴史資料館で一部が展示されている。このうち、竹田という名の役人が出張先から上司に送った文書が興味深い。「(現地で仕事を終えたが)他にも用事があったような気がするので教えてほしい」と尋ねる内容だ

▼何だか緩い仕事ぶり。だが気になったらすぐ問い合わせられるほど交通・通信網が整備されていたことが分かるのが、この文書の貴重なところだ

▼「業務内容を記録して残す役所の文書行政は千年以上変わってません」と調査担当の市職員。だが最近の文書行政はちょっと変だ。森友・加計(かけ)学園問題では重要文書が破棄されたり、保存されていなかったり。業務に伴う説明責任は、ずっと増しているはずなのだが。