「絵巻」手掛かりに発掘、建物跡を発見 後三年合戦・金沢柵

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櫓の上から義家に罵声を浴びせる千任の場面(横手市の郷土史家・戎谷南山が模写した「後三年合戦絵詞」より)

 後三年合戦(1083~87年)の最終決戦地・金沢柵(かねざわのさく)の推定地で行っている発掘調査が大きな進展を見せている。これまで秋田県横手市金沢の金沢城跡(金沢公園)がある丘陵の頂上付近(標高175~167メートル)が有力とみられてきたが、本年度の調査では約90メートル下のふもと付近で櫓(やぐら)の可能性もある掘立柱(ほったてばしら)建物跡が出土。これまでの調査の成果に加え、絵巻「後三年合戦絵詞(えことば)」を手掛かりに調査エリアを見直したことが奏功した。

 建物跡が出土したのは同公園の入り口付近。合戦で武功を挙げた鎌倉景正(かげまさ)に由来する「景正功名塚」下の急な斜面で標高84メートル。眼下に旧羽州街道がある。同市教委後三年合戦史跡検討会のメンバーで、奥州藤原氏の拠点・平泉(岩手県平泉町)の発掘調査に携ってきた八重樫忠郎さん=同町まちづくり推進課長=は「『絵詞』にある千任(ちとう)の場面をほうふつとさせる」と話す。

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