夏の甲子園「第一回」の記憶(9)思い出は灰になった

お気に入りに登録
※写真クリックで拡大表示します
京都二中の優勝をたたえる秋田中の様子を伝える1915年8月26日付秋田魁新報の見出し

 〈1915年8月23日に行われた第1回全国大会決勝は延長十三回の末、京都二中が2―1のサヨナラで秋田中を退け、初代の優勝校となった〉

 大会終了後、秋田中の一塁手の信太貞(さだか)君が、技量や態度が優れていたということで表彰された。それは元気が良かったから。守っていて、「さあ来い! さあ来い!」って声を出すの。これが当時の大阪の人には珍しかったようだ。

(全文 800 文字 / 残り 623 文字)

この連載企画の記事一覧