あの日の教訓(1)津波 悲劇で覆された俗説

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男鹿市の加茂青砂海岸に立ち、日本海中部地震について語る菅原さん

 日本海中部地震から26日で35年。あの日の教訓は生かされているのか。課題への対応は十分か。当時を振り返りつつ、現状を探る。

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 <1983年5月26日午前11時59分、秋田、青森県沖を震源とするマグニチュード(M)7・7の地震が発生し、直後に大津波が日本海沿岸を襲った。男鹿市の加茂青砂海岸では、遠足で訪れていた合川南小学校(現合川小)の4、5年生45人のうち、13人が津波によって命を落とした。昼食を取ろうとした際の出来事だった。日本海中部地震による県内の死者は83人で、津波による犠牲者は児童13人を含め79人に上る。>

 「津波が引いたと思ったら、また押し寄せてくる。その繰り返しだった」。男鹿市戸賀加茂青砂の地区会長を務める漁師の菅原繁喜さん(74)は、あの日のことをよく覚えている。

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