[なぜ沖縄にたくさん基地があるの?]
沖縄が日本に復帰して15日で40年になったね。沖縄にはアメリカ(米国)の軍専用基地がたくさんあるけど、どうして?
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沖縄は第2次世界大戦後に米軍の支配が続き、そのときに建設された基地の多くがいまも残っています。歴史を振り返ると、太平洋戦争末期の1945年、沖縄では日本軍と米軍が激しく戦い、住民を含む20万人余りが亡くなりました。日本は無条件降伏して米国に占領されますが、52年にサンフランシスコ講和条約を発効して独立国となります。しかし、講和条約で沖縄は本土と切り離されることとなり、米国の統治下に置かれました。米軍は基地機能を強化するため、住民の土地を強制的に集め、基地を次々と建設したのです。
—沖縄は日本に復帰したのに基地は残ったの?
沖縄の返還が決まったのは1969年。両国が取り決めを話し合う中で、米軍は基地などを引き続き使用できることとなりました。71年6月17日、日本と米国は沖縄返還協定に調印。しかし、当時沖縄にあった琉球政府の長、屋良朝苗(やら・ちょうびょう)主席は、基地がほとんど減らないことなどに強い不満を示しました。
—沖縄にはどれくらい米軍専用基地があるの?
沖縄は日本国土の0・6%しかない島ですが、日本にある米軍専用基地のうち、74%が集中しています。日本に復帰した後も、基地の面積は約2割しか減っていません。基地があると、戦闘機の音がひどかったり、ヘリコプターが事故で落ちたりと大変なことが多くあります。
—見直すことはないの?
1995年、沖縄で小学生の女の子が米軍の兵士3人に乱暴される事件が起きました。沖縄では以前から米兵による犯罪が問題となっていましたが、この事件に県民の怒りが爆発。日本と米国は、基地を減らすために話し合い、これまでに宜野湾市の住宅地にある普天間飛行場を、名護市辺野古に移すことなどで合意しました。
—でも名護市も沖縄だよね?
沖縄はいま、「移すなら県外に」と反対しています。沖縄県と日本政府、米国の3者がいいという解決方法は見つかっていないのです。
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