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 第25回「さきがけ文学賞」は、東京で開かれた最終選考会で入選1編、選奨(佳作)1編が決まりました。同賞は直木賞作家の故渡辺喜恵子さん(現北秋田市出身)と本社の寄付金で設立された「財団法人さきがけ文学賞渡辺喜恵子基金」が運営しています。今回は全国から268編の応募がありました。


入選
正賞・ブロンズ像 副賞・50万円 ANA国内線任意路線1区間往復ペア航空券
 五十目寿男さん「蕉門秘訣」本名・菅原壽男 税理士 63歳 宮城県仙台市 小説はこちらから
 
選奨(佳作)
賞金5万円 ANA国内線任意1区間往復ペア航空券
 小川栄さん「チャレンジ」本名・同じ 主夫 51歳 千葉県市川市 小説はこちらから
 

「さきがけ文学賞」についてのお問い合わせは 秋田魁新報社 出版部



 第25回さきがけ文学賞の最高賞である入選は、五十目(いそのめ)寿男さん(63)=本名・菅原(すがはら)壽男、仙台市・税理士、五城目町出身=の「蕉門秘訣(しょうもんひけつ)」に決まった。応募総数は268編。芥川賞作家の高井有一さん(本県出身)、直木賞作家の西木正明さん(同)と北原亞以子さん(東京都出身)の3人が最終選考に残った5編の中から選出した。「蕉門秘訣」の主人公は剣の腕が確かな若い下級藩士。下った藩命は俳諧師の秘訣集を奪うこと。つまらぬことと思いつつも従わざるを得ない藩士の切なさが描写されている。「生類憐(あわ)れみの令と芭蕉隠密説を絡めた着想が面白い。時代風俗を丁寧に描いている」などと選考委員から高い評価を得た。選奨(佳作)には小川栄さん(51)=本名同じ、千葉県市川市=の「チャレンジ」が選ばれた。


「残された人生、死ぬまで小説を書き続けたい」と語る五十目さん=仙台市青葉区の自宅書斎

 20代初めから頭にあった芭蕉隠密説を作品にまとめた。「力のない者でも、相手にいつか一泡吹かせたい気持ちがあるのではないか」。その思いを主人公の若い下級藩士・赤沢隼之助に託し、物語にすることで昇華させた。

 「出身地の賞をいただき、しかも新聞を通して多くの人の目に触れることは非常にうれしい。これから作品を読んでくれる地元の人が、『寿男まだ元気だな』と思ってくれるかな」と笑顔を見せた。

 舞台は江戸からはるか130里離れた奈々鞍(ななくら)藩。平穏に暮らす隼之助と幼なじみの黒谷新兵衛は春のある夜、なじみの居酒屋からの帰り道、同じ藩の助川伊八郎とすれ違う場面から物語は始まる。

 伊八郎は隼之助たちより4つ年上の26歳。2人と同じ微禄(びろく)の駄輩の出自ながら、剣の腕を見込まれ江戸藩邸詰めに。ところが突然国元に戻り、首席家老の下に通っているという。しかも町人の遊び事である俳諧を教えているとのうわさを知り、2人はいぶかしむ。

 隼之助はある日、首席家老から俳諧の集まりに誘われ、耳を疑うような命を受ける。江戸で評判の俳諧師の秘訣集を奪えというのだ。さらに命の保証はないとも。伊八郎を頭に藩命に従う隼之助と新兵衛。そこで伊八郎から真の目的が明かされる―。

 「最も表現したかったのは、藩の上士の命令で動き回らなければならなかった下級藩士の切なさ。彼らにも家族や友人、生活がある。そうした淡々とした日常を自分なりに描けたと思う」と語る。

 公儀隠密の俳諧師を指して伊八郎が「悲しいかな所詮は幕臣だ、藩命で踊らされる我らと大して違いはせぬ」と吐き捨てる場面があり、組織にあらがえない者の諦観(ていかん)を込めた。

 躍動感たっぷりに闘いを描くなど小気味よく話を進め、最後まで一気に読ませる。完成まで7カ月を要したが、「史実の間隙(かんげき)を縫って書くのが時代小説の醍醐味(だいごみ)」という。

 地名や風景、食べ物など随所に秋田を思わせる描写を織り込んだ。帰郷するのは両親の墓参りぐらいになったが、「秋田の風景そのものが、わたしにとっての古里」と望郷の念を抱く。

 2年前に脳梗塞(こうそく)を患ったものの、幸い後遺症はほとんど残らなかった。税務署時代に多くの人間模様を垣間見て身に付けた観察眼を肥やしに、現在はマイペースで好きな小説に没頭する。「秋田藩には面白い材料が多い。秋田藩をテーマにした連作に挑戦したい」と意欲を見せた。

 五城目町出身。五城目高校卒業後、仙台国税局に採用され、本県や仙台市などで勤務し仙台中税務署長で退職。20代で2回、文学界新人賞候補に上がる。1971年秋田魁新報新年文芸第1席入選。97年河北文学賞大賞。藤沢周平や川崎長太郎の作品を好む。長男(30)は独立し、仙台市で妻牧子さん(56)と2人暮らし。


「前向きに生きていく人物を描いていきたい」と語る小川さん=千葉県市川市の喫茶店で

 「まだピンとこないが、評価されてうれしい」。4年前にさきがけ文学賞の最終選考に残るなど、今回3度目の応募で選奨を受賞した。

 アルバイトで生計を立てる20代半ばの主人公光彰(みつあき)が、車いすの少年拓真のテニスのコーチとなり、拓真のチャレンジ精神に励まされて自分の進む道を決めるという筋立て。拓真の母映子や、自分の妹双葉ら周囲の人々と人生観や価値観をぶつけ合いながら、生き方を見いだしていく光彰の姿が浮き彫りになる。

 「ひたむきに上を目指す拓真君を見て、自分の方はどう思っているの。何を目指すの」と、堅実に生きる双葉に問い詰められる光彰。最終場面では、双葉と同じく高校教師を目指す考えを映子に明かすと、「必要な回り道だったのよ。光彰君は青春時代の真ん中にいる。迷って当然。人生はいつの時点でも新たなチャレンジができるのよ」と映子に励まされるなど、若者が進路に悩み模索する様子が鮮やかに描かれている。

 小川さんは「光彰や拓真のチャレンジする姿を通して、読者が少しでも共感を覚え、励ましや勇気、前向きな気持ちを持ってくれたらありがたい。教訓としてではなく、読んだ後、さわやかな感じを持ってもらえたら」と語る。

 スポーツを題材にした小説は書き慣れている。隔年開催される「さいたま市スポーツ文学賞」でも野球、テニスを素材にした作品で受賞を重ねた。小川さん自身は中学時代に軟式テニス部に所属し、20代半ばにテニススクールに通った経験を持つ。今回の作品は、車いすのテニスプレーヤーを取り上げたテレビ番組を見て強い関心を抱いたのがきっかけだった。

 小川さんは33歳のとき、耳が不自由な地方公務員の妻に代わって自ら家事、育児に携わる「主夫」となった。長女、長男は現在高校生。

 「チャレンジは若い世代に限らず、いつでもできる。自分と同じ世代が病気や失敗で落ち込んでも、前向きに生きていく人物を描いていきたい」と、創作意欲を示す。

 さいたま市生まれ。埼玉大理工学部卒。埼玉県庁、学習塾に計11年間勤務した経験がある。


 10代から80代まで幅広い年代から268編の応募があった。本県からは23編、県外では東京38編、神奈川23編、埼玉21編など関東圏からの応募が今年も多かった。

最終選考に残った5作品について意見を交わす、左から西木正明さん、北原亞以子さん、高井有一さん

 1、2次選考を経て最終選考に残ったのは「桜の想い出」「蕉門秘訣」「山男の鼾(いびき)」「チャレンジ」「黄色いご飯」の5編(応募順)。

 選考委員は高井有一さん、西木正明さん、北原亞以子さんの3人。1作品ずつ論評しながら選考を進め、5編の中からさらに「蕉門秘訣」と「チャレンジ」に絞り込んだ。この2編の比較で「蕉門秘訣」を入選、「チャレンジ」を選奨と決めた。

    ◇    ◇    ◇

 入選の「蕉門秘訣」は、芭蕉隠密説と生類憐(あわ)れみの令を絡ませた時代もの。下級藩士ながら家中きっての剣の使い手である主人公が首席家老に呼ばれ、江戸で評判の俳諧師の秘訣集を命懸けで奪えと命じられる。藩命を受けた他の2人とともに、領内に入ろうとする俳諧師を追うが、なぜか手ごわい武士たちが警固していた。壮絶な切り合いで仲間1人を失った後、主人公が知らされたのは、俳諧師が実は公儀隠密で、生類憐れみの令を公然と破っている藩の探索に来ていたことだった。

 選考では「タイトルに問題がある。蕉門の秘訣と芭蕉の隠密説がどう絡んで展開するのかと思って読み進めていくと、芭蕉も秘訣もほとんど出てこない。何か、だまされたという感じがする」との指摘もあったが、「生類憐れみの令は江戸は厳格だが、地方ではあまり守られず、隠密に知られると藩も困ったはず。その隠密が芭蕉だという着想の面白さを買いたい」「主人公たちの立ち回り先の情景や時代風俗を丁寧に描いており、文章力がある。象潟を思わせる地方の風景描写も好ましい」などと評価され、入選となった。

 選奨の「チャレンジ」は、学生時代にテニスの国内ランキング6位まで上り詰めたが挫折し、いまはバイト生活を続ける青年が主人公。車いすテニスで世界を目指すという高校生のコーチをやむなく引き受けるが、彼の練習や大会でのひたむきさに打たれ、今度は指導者として再びテニスをやろうと決意する。選考では「人物の書き分け、特に女性たちをうまくあしらい、物語を作っていく力がある」「テニスを題材にしているせいか、不遇ともいえる主人公なのに嫌みがなく、さわやかな印象を与える作品だ」といった評価の一方で、「最初と最後に出る万引の高校生の話は、フェアなスポーツの物語にそぐわない」との指摘があり、選奨にとどまった。

 残る3作品については「文章は下手ではないが、唐突な感じの落ちなど話の組み立てがテレビドラマのようで、リアリティーがない」(桜の想い出)、「山の描写などは力が入っている。鼾の正体も不明だし、小説として何を書きたかったのか、最後まで分からない」(山男の鼾)、「少年の言葉に大人の眼が入っているなど文章表現に難がある。別れた父母の関係ももっと説明してほしかった」(黄色いご飯)といった指摘があった。

高井有一さん
 これといった作品にはなかなか出合えないものだ。うまくこしらえた作品は多いが、才能を強く感じさせるものが少ない。入選作のような作品はたくさん読んでいる。後半をきちんと書いて、ドラマを描いてほしかった。

西木正明さん
 タイトルに問題のある作品が多い。ある程度のレベルなのに、読後「一体これ何だ」と反発される場合もある。短編にはない、150枚の中編というボリュームを生かした物語づくりと、きちんとした文章を心掛けてほしい。

北原亞以子さん
 各作品ともレベル的には同じくらいだと言える。細かく見ればいろいろ欠点はあるが、構成力、文章力ともレベルは上がっていると思う。ただ、言い方を変えれば突出したものがないということ。タイトルも大事にしてほしい。


最終候補作品(応募順・敬称略)
▽「桜の想い出」不二川巴人(兵庫県伊丹市)
▽「蕉門秘訣」五十目寿男(宮城県仙台市)
▽「山男の鼾」山北登(湯沢市)
▽「チャレンジ」小川栄(千葉県市川市)
▽「黄色いご飯」幡多勇(東京都町田市)