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出走馬が発走の準備をしている。その数を見て驚いた。三〇頭近くいる。うち七頭が下総御料牧場の馬だ。隆史が急きょダイスケに乗ることになったので、人馬の組み合わせを替え、きみおはほかの馬に騎乗することになった。エボジが手綱をとる馬もそこそこ走るのだが、彼は、自分の馬のことを考えるより、ほかの乗り手に指示を出すのに忙しそうだった。
しかし、どんな戦術を組み立てようが、いかんせん多勢に無勢だ。西野牧場と小柳農場の馬は合わせて十二頭。はたして勝負になるのだろうか。
馬見台の前にある、調教時にもゴールとして使われている紅白の棒がゴール地点と定められ、両端に係員が立っている。その少し手前に定められたスタート地点から馬場を左回りに一周する、一六〇〇メートルの競走である。
発走委員としてスタート地点の脇に高橋が立った。竿の長さが背丈ほどもある大きな旗を持っている。出走各馬の顔と体がまっすぐ前にむいたと判断したところで彼が旗をふり、それを合図にレースが始まる。
高橋が旗をふり、出走馬が走り出した。
全馬横並びの発走というわけにはいかず、上手く飛び出した馬が全力疾走に入ろうとしているときに、首を左右にふって一歩も前に進めない馬もいる。
――こ、これはどうしたことだ?
下総御料牧場のダイスケを除く六頭は、どれも序盤から鞍上に激しく鞭を入れられ、凄まじい勢いで飛ばしている。なかでも、エボジときみおの馬の勢いは凄まじい。二頭が引っ張る馬群は、最初のコーナーに入る手前でかなり縦長になった。
西野牧場と小柳農場の十二頭は、馬群の中団につけている。先頭集団の御料牧場の馬が向正面に入り、桜並木の陰に隠れた。敵陣営の馬は、まだ桜並木の手前だ。隆史のダイスケは、そのさらに後ろにいる。
前半に飛ばしすぎると、後半、息切れする。だが、後ろから追いかける側の心理としては、少しでも早く、前をつかまえられる位置につけたいと思うものだ。特に、この調教馬場のように走路の幅が狭く、抜きどころの少ないコースではその傾向が強くなる。西野牧場と小柳農場の馬は、揃って三コーナー過ぎから前をとらえに行った。
「早すぎるぞ!」
という声が馬見台から上がった。
動き出すのが早くなり、脚をなし崩しに使うと、後ろから来る馬の思うつぼだ。後方で脚をためた馬は、前がバテたところで、一気に抜き去りにかかる。
最終の四コーナー手前で、先頭を行くエボジの馬と、最後尾を走る隆史のダイスケとの間には二〇馬身ほどの差があった。
馬群が四コーナーを回って直線に入った。逃げた御料牧場の馬はことごとく失速し、エボジの馬もきみおの馬も歩くような脚色になった。
それを西野牧場と小柳農場の馬が外から面白いようにかわしていく。みな、さすが職業騎手という流麗な騎乗姿勢だ。
そのとき、馬見台で尾沢義光が立ち上がった。
大外から隆史のダイスケが凄まじい脚で伸びてきた。外埒ぎりぎりの、帯状に草が生えてかたくなった馬一頭ぶんの狭いところを、ブレることなく猛然と突き進む。事前にエボジと打ち合わせていたのは、このコースどりについてだろう。
隆史は、折れているはずの左手で鞭を連打する。右の鐙が外埒にふれ、ばちっと火花が散った。
ダイスケは、ゴール手前、ちょうど尾沢の目の前で先頭を行く西野牧場の馬に並びかけた。そして、最後の数完歩で豪快に突き抜けた。
勝った。御料牧場のほかの四頭が殺人的な乱ペースをつくり、それに惑わされた西野牧場と小柳農場の十二頭を、天才少年が見事な手綱さばきで差し切ったのだ。
少しの間しんとしていた両国の馬場全体が、数瞬ののち、耳をつんざくほどの大歓声につつまれた。
厩舎前の広場に戻り、ダイスケから下馬した隆史は、仲間たちにもみくちゃにされた。握手を求める者のなかに、馬丁の中井もいた。中井の目が潤んでいた。
ダイスケはものすごい量の汗をかき、息を荒らげている。脚もとを検分した高橋がうなずいた。私に曳かれながらときおり首を上げるダイスケが、いつもより誇らしげな顔をしているように見えた。

