どっぷり雄物川紀行 厳寒編
立春を過ぎても、厳しい寒さはまだまだ続く。第2部は「厳寒編」。この時季ならではの雄物川の伝統漁やかつての人々の暮らしを見つめる。

「八ツ目とる父の姿や冬の川」。かつて雄物川河口があった秋田市土崎港の古川町に生まれた劇作家金子洋文(1894〜1985年)は、句集「雄物川」(81年刊)に寒ヤツメ漁の記憶をつづっている。
洋文の父は大船の誘導や荷の積み替えなどをする付け船問屋。幼少期に漁に便乗したところ、「氷の烈風に吹きつけられて、顔面紫色に変わってしまった」という。漁を終えると決まってもっきり酒をぐいぐい飲み、また火で冷えた体を温める父。その姿が、「英雄に見えた」とも。
苦い思い出の句もある。
「八ツ目さげ寺町通り雪の道」。借金の利子が払えず、ヤツメをぶら下げて謝りに行った冬の日を思い返し、「情けなかった」と回顧する。
 |
| 寒ヤツメ漁を続ける東海林さん。どうを引き揚げるたび、「さっぱりだめだ」 |
当時の漁法は、わらで編んだ太い綱を川に渡し、2メートルおきに円すい状の竹かご「どう」をぶら下げる仕組み。秋田市雄和椿川の川漁師、東海林万さん(61)=仙北西部漁協組合員=は、そのころと同じ漁法を先祖から継承。10月〜翌年2月、産卵のため川を上るカワヤツメを狙って川幅300メートルの地点にロープを渡し、寒さの中で船を操りながらどうを引き揚げる。
◇ ◇ ◇
寒さが増すほど脂が乗って深いうまみを醸す寒ヤツメ。雄和では、ぶつ切りをゴボウや豆腐とともにみそかしょうゆで煮込むかやきが一般的。さばくときに出る血も、だしとして大切に使う。ビタミンAが豊富で、みそ田楽やくし焼きもなじみのメニューだ。
モツのような弾力、レバーを思わせる独特の風味。洋文もみそかやきを愛した一人だ。元雄和町教育委員長の長谷川忠一さん(82)は「小さいころから舌になじんだ味。ちょっと癖のある感じがたまらない。正月には必ず食べる」と郷土の味であることを強調する。
 |
| ゴボウや豆腐と一緒に煮込んだヤツメのみそかやき |
だがここ数年、漁獲量は激減している。東海林さんは2003年まで1シーズン300匹以上捕獲していたが、翌年は半分以下に激減。「おれのどうに入らないヤツメは相当のひねくれ者」と断言するほど腕に覚えがあったものの、今季は漁の終盤でも44匹とかつてない不漁。「もはや絶滅危惧(きぐ)種。どうを揚げてもほとんど空。漁を続けるのはもう無理かもな」
◇ ◇ ◇
洋文が7歳だった109年前、雄物川流域では44・4トンが水揚げされ、サケより多く獲れていた。県民の誰もが気軽に口にできたかつての大衆魚は、いまや1匹2千円以上もする超高級魚となった。
東海林さんのロープには、農業用ビニールや肥料袋などが大量に引っ掛かり、取り除くだけでもひと苦労。ヤツメの幼魚を捕食するオオクチバスの増加、ごみ投棄や河川改修に伴う生息環境の悪化、地球温暖化による水温の上昇…。不漁の原因と考えられる要素はたくさんある。
川漁師はそうした環境や漁獲量の変遷をモニタリングする川の番人でもある。激減するヤツメとともに、番人もまた、絶滅が懸念される存在になっていくのだろうか。
2010.2.9付 |