連載企画
白瀬を継ぐ者
「地球の宝」守りたい 南極の危機訴える

大量の鉄くずやワイヤ、古い重機の残骸(ざんがい)などを避けながら繁殖地へ向かうペンギンたち。針金の先端が刺さったのか、腹部の白い羽毛を鮮血で染めているものもいる。
「約100年前、白瀬矗(のぶ)がやって来たころの南極とは、大きく変わってしまった」―。秋田市出身の写真家・藤原幸一さん(54)=東京都港区=が写し出す「南極の今」は、あまりにも痛々しい。
ペンギンたちを脅かすごみの山は、南極大陸から南米に向かって延びる南極半島のホープ湾周辺で撮影された。これらは、1998年に南極条約議定書でごみ持ち帰りが義務付けられるまで、約半世紀にわたり複数の国の基地から排出されたものだ。98年以前のごみの存在は、各国の基地にとって共通の問題だ。
藤原さんは、貴重な生態系が残るガラパゴス諸島やマダガスカル島で変わりゆく自然環境を撮影し、「地球の危機」を訴えることをライフワークにしている。南極に通い始めたのは90年代半ばだった。「最初は、かわいらしいペンギンたちの写真を撮ることが目的だった。でも、少しレンズをそらしてみたら、ごみの山が見えた。最果ての地と思ってきた南極が、人間の活動によって傷んでいた」
*史跡という名の投棄*
南極半島に近いデセプション島には、70年以上前に閉鎖された捕鯨基地があった。浅瀬で座礁したままの捕鯨船や朽ち果てた金属製のタンク、さび付いた無数の銛(もり)などが、そのまま南極条約が定める「史跡」に登録されていた。廃虚のように見えても、歴史遺産なのだから撤去する必要はない。藤原さんには「史跡に名を借りた永久投棄」に思えた。
藤原さんが同郷の英雄・白瀬を意識し始めたのは、南極を訪れるようになってからだった。外国の基地に滞在すると、ノルウェーのアムンゼンや英国のスコットとともに、白瀬のことが話題に上った。外国の南極地図には、白瀬の探検を由来とする地名がいくつか載っていた。その後、藤原さんは白瀬に関する書物を読みあさり、「本物の探検家と呼べる日本人は白瀬だけ」と思うようになった。
しかし、白瀬たちが極点到達レースに挑んでから約100年がたち、南極は悲鳴を上げている。藤原さんは「南極は、人類に発見されなかった方がよかったのかもしれない」と思う時がある。
*紅色に染まった雪原*

08年3月、藤原さんが南極半島を訪れた際には、雪原が紅色に染まっていた。気温上昇によりスノーアルジー(雪氷藻類)が大発生していたのだ。
近年、南極半島は温暖化が著しい。平均気温は過去50年間で2・5~3度上昇している。2000年代初頭に藤原さんがホープ湾周辺を訪れた時、永久凍土が解けてペンギンの繁殖地が崩壊する場面に出くわした。突然裂けた氷河から、滝のように水が噴出したこともあった。これらは、ホープ湾で50年以上観測を続けているアルゼンチン基地の隊員たちにとっても、初めての現象だった。
温暖化とごみという問題に直面する南極。藤原さんはこう訴える。
「環境問題の責任は人間にある。どこの国の領土でもない南極は『地球の宝』だ。南極だからこそ、問題解決に向けて人類の英知を結集できるはず。白瀬がやって来たころの南極の姿を取り戻せるかどうか。それが地球の未来にとっての試金石になる」