連載企画
雪原への道 第1部・屈辱と友情
白刃に宿る熱い交流
1911年11月19日、白瀬矗(のぶ)率いる探検隊が、約7カ月過ごしたシドニーを旅立つ時がやってきた。凍り付いた海に行く手を阻まれ、一度は失敗した南極探検に再び挑戦するのだ。
雲一つない快晴の空の下、開南丸は出帆の準備を整え、シドニー港内に一時、いかりを下ろした。白瀬たちを見送るヨットやボートが群がるように開南丸を取り囲み、海上から激励の叫び声が聞こえてくる。7カ月前の寄港時、軍事スパイではないかと怪しまれ、地元新聞に排斥運動すら起こされかけたことが信じられないほどの人気ぶりである。
感謝の気持ち込めて
そんな中、シドニー大の著名な地質学者T・W・エッジワース・デービッド教授が開南丸に乗り込んできた。白豪主義の地で白瀬たちが名誉を回復できたのは、この人物が新聞紙上で擁護してくれたおかげだった。隊員たちと別れのあいさつを交わし、デービッド教授が船を下りる時、白瀬は一振りの日本刀を手渡した。武人の魂である愛刀を贈ることで、白瀬は言葉で表し切れない感謝の気持ちを示したのだった。

白瀬とデービッド教授との友情の証しである日本刀は現在、シドニー市街地にあるオーストラリア博物館に収蔵されている。
「歴史的にとても重要な物だから、普段は計器で湿度を管理しながらガラスケースに保管しているんです」
同博物館の収蔵品担当メラニー・ファン・オルフェンさんが案内してくれた倉庫の中で、その刀は鈍い光を放っていた。
江戸時代初期の摂津(大阪府)の刀工・包保(かねやす)の作。柄に彫られた「陸奥守(むつのかみ)包保」の文字は、鏡に映したように逆になっている。左利きだった包保の作品の特徴という。刀と並べて置かれてある鞘(さや)には「贈デビッド教授」の文字が見える。
次女が寄贈、企画展も
オルフェンさんによると、刀はデービッド教授の次女メアリーさんから寄贈された。80年代の数年間は常設展示され、その後何度か企画展が開かれた。普段は倉庫に保管されているが、希望があれば出してもらえる。昭和基地からの帰路、シドニーに寄港する南極観測船「しらせ」の乗組員や、タスマニア州にあるオーストラリア南極局の研究者が、たまに鑑賞に訪れるという。
「来年は白瀬のシドニー寄港100周年。可能であるならば、久しぶりに企画展を開きたい。この刀は、日本からはるばるやって来た探検隊とシドニーの人々との間に、温かい交流があったことを今に伝えているのだから」とオルフェンさんは語った。