[第16回]

人力車テント泊のコツ

(2017年7月29日 掲載)
三重の道の駅でブロックアイスを手に笑顔の著書

 人力車の走行距離が3000キロを越えた。秋田までの折り返しを過ぎた辺りである。現在地は三重の国道385号と386号の交わるところにある道の駅。テントを張り、人力車に腰掛けてキーボードを叩いて書いている。標高は500メートル程度なので真夏の割には涼しく、ヒグラシとセミとウグイスが奏でる不思議な三重奏のBGMが流れている。熱帯夜のテント泊は寝つくことができないほど悩まされることが多いが、今夜は涼しく眠れそうだ。

 「寝る時はどうしているんですか?」とよく聞かれるので、この機会に回答しておこう。

 割合でいうとテント泊が3に対してビジネスホテル泊が1だ。初めは1対1の計画だった。テント泊は設置や撤収、宿泊先とのやり取りに精神と体力を使うので、ホテル泊の方が圧倒的に楽だ。しかしながらチャレンジ資金が極端に不足している。計画通りやっていたら途中で資金が枯渇してしまう。そもそもこのチャレンジは、僕が借金をして旅用の人力車を購入するところから始まっている。元から金がないのに完結させようというのは無理がある。その辻褄を合わせるために、どうしても身を擦り減らしてテント泊することが多くならざるを得ない。

 テント泊では道の駅を使わせてもらうことが多い。トイレと水があるというのはかなり大きい。水があればタオルで身体を拭くことができる。僕自身はアマゾンや北極で1カ月以上も風呂に入らなかった経験があり、風呂に入らないのは何にも感じない。以前、イヌイットの女性に「あなたはちょっと臭いわ」と遠慮がちに言われた経験すらある。しかし人に会うことが多い場合は多少の気を使う。汗をかいた人力車夫は爽やかかもしれないが、近付いたら異臭がするのはNGだ。

 道の駅では、人力車は軽トラックくらいのサイズがあるのでどうしても目立つ。無断で寝させてもらうわけに行かない。どうするかというと逆転の発想が必要だ。思いっきり目立つのである。道の駅の従業員たちから一番目立つところに人力車を引いて行き、胸を張って駅内に入り皆さんに挨拶をする。挨拶の言葉はなんでもいい。こちらからアプローチをすることが大事なのだ。

 「人力車で旅をしているのですがテントを張らせてほしい。許可を取りたいので責任者に繋いでもらえませんか?」と開口一番に言う。許可なくテントを張ることはまずしない。道の駅の支配人か駅長か経営者のいずれかは現場にいる。言わなければ隅でコソコソとキャンプだが、ちゃんと説明すれば大手を振ってキャンプが出来る。

 駐車場は特別なことがない限りアスファルトである。自立式テントを使っているとしてもテントをペグで固定することができないので、荷物をフロアシートの四隅に置いて固定する。これで相当の強風でない限りテントは動かない。フライシートで前室を作る場合、通常は地面にペグを打って作るが、舗装道路では不可能だ。ここでは人力車をペグの代用品として使う。人力車で車夫が持つ棒を梶棒という。この先端にフックのように付いている部分を象鼻と言う。名の由来はそのままで象の鼻のように歪曲しているからだ。ここに前室を作る紐を引っ掛ける。人力車は空の状態で80キロあり、車止めでガッチリ固定してある。通常のペグ以上に強固だ。これでアスファルトの上で快適な前室を持ったテントが設営できる。前室には汗で濡れた足袋や食べ物を置いておける。

 夏場のアスファルトの上でテント泊は酷暑を極める。テントに太陽が当たると内部の気温は上昇し、とても中にいられない。結果として日の出と共にテントから出て日の入りと共にテントに入ることになる。真夏は夜もほとんど寝つけないほどに寝苦しい。アスファルトが日中に吸収した熱を保有しているのと、テント内の空気循環が悪いのとでどんどん暑くなる。テントの入口を開けておけば少しは快適になるのだろうが、開けるともれなく蚊が侵入してきて更に寝付けなくなる。日中12時間も行動して疲れ切っているのに眠れない。夏に入ってから睡眠不足に悩まされた。

 これを解決する方法はブロックアイスだ。コンビニでブロックアイスを1つ買っておいて抱いて寝る。コンビニで買っても300円程度である。ホテルに宿泊するのに比べれば遥かに安く済む。アイスはテント内に置いておくだけでも冷気を放出して気温を下げてくれる。僕は股の上に置いて寝る。男にとって大事な部分があるからか股の上に置くと全身に冷気が行き渡る気がする。朝には氷が溶け切っているもののまだ冷たい水の状態を維持していることが多い。溶けた氷はそのまま飲水として流用できる。ミネラルウォーターが手に入ると考えるとお得感もある。

 夏のテント泊にはブロックアイス。これが新たな定番であると僕はここに強く主張しておきたい。

阿部 雅龍(あべ・まさたつ)
1982年秋田市生まれ、潟上市(旧昭和町)育ち。「夢を追う男」の肩書で冒険活動を続ける。秋田大在学中の2005~06年、南米大陸のエクアドルからアルゼンチンまで1万1000キロを自転車で縦断。10、11年に北米ロッキー山脈の計5300キロを縦走。12年に南米アマゾン川1200キロをいかだで下った。14、15年はカナダ北極圏で計1250キロを単独踏破。16年はグリーンランド北極圏750キロを単独踏破。19年に白瀬中尉の最終到達点「大和雪原」を経由して、南極点まで単独踏破することを目指している。普段は東京・浅草でトレーニングを兼ねて人力車を引き、全国各地での講演活動も積極的に行っている。著書に「次の夢への一歩」(角川書店)がある。