遠い風近い風[小嵐九八郎]足掻いて、足掻く

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 15年ほど前、そろそろ60代を迎えるという時、しおらしくも残りの生を少しは真面目に生きよう、できれば死への構えもちゃんと作ろうと、ある雑誌に江戸時代初期の吉利支丹(キリシタン)の修道士と浄土真宗の破戒僧の角逐の小説を連載したことがある。

 なぜ吉利支丹かというと、学生運動の延長線をやり過ぎて宗教に無知だったのだが、新約聖書の中の「敵を愛しなさい」のイエスの言葉が鮮烈だし、臆病な俺に「永遠の命」はひどく魅力的だったからだ。浄土真宗もまた親鸞の説く「悪人正機」の考えは、悪さばっかりしてきた当方の救いになるし、「浄土」にも行けそうと思ったからだ。書いているうちに、どちらかの宗教を選ぶつもりだった。

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