イザベラ・バード秋田の旅(2)湯沢・横手編

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 タイミングが悪かった、としか言いようがない。1878(明治11)年7月19日、イザベラ・バードが訪れた湯沢(現湯沢市)の中心部は黒い灰に覆われていた。湯沢市史や遐邇(かじ)新聞(現秋田魁新報)によると、前日夜に火災が発生。その後の混乱で馬の確保にも苦労したせいか、バードの湯沢に対する印象は悪く、「日本奥地紀行」で「いやな感じ」と書いている。

 火事後に遭遇した湯沢に対し、解せないのは次に訪れた横手(現横手市)だ。人口1万人を超える横手は、バードが秋田入りして初めて見る大きな町。にもかかわらず、「惨めで陰気」と記す。3日後に訪れる久保田(現秋田市)を、「魅力的」と評したのとは正反対だ。

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【イザベラ・ルーシー・バード(1831~1904年)】

 英国の女性旅行家。1878(明治11)年に初来日し、7カ月にわたって関東、東北、北海道、関西を旅行。80年に旅行記「日本奥地紀行」を出版した。本県には78年7月18日に雄勝峠から入り、羽州街道を北上。横手、秋田、桧山、大館を経て同31日に矢立峠に達した。

旅のメモ

 バードが訪れた4年後の1882年、横手―黒沢尻(現岩手県北上市)を結ぶ平和街道が開通したのを機に横手は商都として大きく発展する。岩手県を経由して大消費地・東京につながるルートができ、物資の集散地として商工業が活発化。横手市史によると町中に宿が急増、多くの人や荷馬車が行き交ったという。

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