<どうする地上イージス> 兵器で未来は守れるか

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 悔いを千載に残すことになりはしないか。

 政府が導入を目指している地上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」(地上イージス)に関して、県議と秋田市議に問うたアンケートの結果、そして国会議員の回答を本紙で読んだ。

 県議、秋田市議とも過半数が、同市新屋へのイージス配備に反対の態度を表明したものの、国内配備そのものにはいずれも半数を超す議員が賛意を示した。本県国会議員は自民党議員全員が、新屋への配備にも「どちらかといえば賛成」の立場だった。

 だが、イージスの配備は果たしていま必要なのだろうか。

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 戦後日本は、大戦が招いた甚大な惨禍と、それに対する深い反省から、「二度と戦争を繰り返してはならない」という強い決意を抱いて、廃虚から再スタートを切った。その出発点は平和主義であり、国民主権であり、基本的人権の尊重にある。

 新聞社の役割の第一は、読者に成り代わって政府や権力者の行為を監視し、再び戦争に駆り出されることのないよう言論の力をもってチェックすることであると考えている。秋田魁新報社は不偏不党を貫き、政治的勢力から一定の距離を保ってきた。だが、それはすなわち、賛否の分かれる問題から逃げ、両論併記でその場をやり過ごすことではない。

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 地上イージスの配備は本県のみならず、国の安全保障に関わる大問題だ。最も尊重しなければならないのは、県民と県土の安心安全、ひいては国家と国民の安全保障であることは論をまたない。この立場は設置賛成論者と同じだが、異なるのは、戦争に突き進んだ過去に対する真摯(しんし)な反省の上に立った歴史観である。

 個人に正当防衛の権利があるように、国にも自衛権がある。その考えに異論はない。だが、進展は不透明とはいえ、朝鮮半島の南北首脳が板門店の軍事境界線上で手を握り、劇的な一歩を踏み出そうとしているその時に、「脅威に備える」として、ミサイル発射装置を据え付けることは正しい選択だろうか。

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 軍事施設はいったん配備されれば、増強されることはあれ、撤去されることはまずない。仮にいま、新屋地区に地上イージスが配備されるとなれば、それが引き金となって半永久的なミサイル基地に道を開くことになりはしないか。蟻(あり)の一穴となり、再び「強兵路線」に転じる恐れはないのか。悔いを千載に残さぬよう、慎重に思慮しなければならない。

 朝鮮半島の政治構造が転換点を迎えているいまだからこそ、南北の融和と民生安定に、隣国として力を尽くすべきではないのか。地上イージスを配備する明確な理由、必要性が私には見えない。兵器に託す未来を子どもたちに残すわけにはいかない。

 (秋田魁新報社社長 小笠原直樹)