男鹿出身ラガー、けがで車いす陸上転身 東京パラ狙う

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競技用車いすでトレーニングに励む佐々木さん=東京・町田市立陸上競技場
競技用車いすでトレーニングに励む佐々木さん=東京・町田市立陸上競技場

 ラグビーの20歳以下(U―20)元日本代表で、2年前に足が不自由になった秋田県男鹿市出身の佐々木凜平さん(22)=東京都練馬区=が、車いす陸上のトラック種目で2020年東京パラリンピック出場を目指している。車いす陸上の短距離でパラ7大会に出場した永尾嘉章さん(55)=日本パラ陸上連盟強化委員=の指導を受け「代表とメダルを狙う」と新たな夢を追っている。

 佐々木さんは6歳の時に男鹿市の脇本おいばなラグビースクールに入り、男鹿東中―秋田工高と進んで頭角を現した。当時秋田工高ラグビー部監督だった黒澤光弘・男鹿工高校長は「闘争心を前面に出してプレーする姿が印象的だった」と語る。

 佐々木さんの高校同期には全国優勝経験を持つ選手もいたが、「負けたくない」と練習に励み、2年でフォワードの先発メンバーに定着。12、13年度の全国高校大会で2年連続8強に貢献した。

 14年に日本大に進学し、1年生で関東大学リーグ戦1部の公式戦に先発出場。15年春に20歳以下日本代表となり、6月にはこの年代の世界選手権(イタリア)でプレーした。国際大会を経験し、将来はトップレベルのチームに―という思いを強くしたという。

 だが16年3月、7人制ラグビーの試合中に右膝の前十字靭帯(じんたい)を断裂。4月に手術を受けて靱帯の再建には成功したが、両足が動かなくなった。精密検査をしても原因は分からなかった。

 佐々木さんは「ラグビーはできそうにない」と悟った一方、「東京パラを目指すのが運命なのだ」と前向きに受け止めた。リハビリのため転院した病院で、取り組める競技がないか相談し、初心者も出られる車いす陸上の大会があることを知った。昨年12月、その大会の2・5キロレースに普段使っている車いすで出場し、優勝を飾った。賞品として「レーサー」と呼ばれる競技用車いすが贈られた。

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