小松和彦:秋田人形道祖神プロジェクト始動!

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小松和彦コラム 新あきたよもやま(16)

 最近夢中になって調査研究しているテーマがある。それは秋田県内の各地域で「カシマサマ」や「ショウキサマ」といった名称で祭られている人形神、いわゆる人形道祖神だ。集落に疫病などの災いが入ってこないようにと主に村境に祭られていて、場所によってワラ人形であったり木像であったり石像であったりと形態はさまざまである。東日本各地に分布しているが、秋田県はとりわけ数が多い。まさに人形道祖神のメッカなのだ。

 このリサーチの成果をイラストレーターの宮原葉月さんとの共著で「村を守る不思議な神様~あきた道祖神めぐり」という冊子にまとめ、7月に発売した。県内16カ所、36体の人形道祖神を取材した私のルポルタージュと、宮原さんが手掛けた絵画、イラスト、コラムを収録している。この本を制作した経緯についてご紹介したい。

秋田が誇るプリミティブアート

筆者とイラストレーター宮原葉月さんが共同制作した「村を守る不思議な神様」

 「新あきたよもやま」では人形道祖神について昨年9、10月に2回にわたり「60年ぶり、ショウキサマ生まれ変わる」で取り上げた。このときの取材がとても印象的であったため、同年秋から本格的に人形道祖神について調べるようになった。そんな折に知り合ったのがイラストレーターの宮原葉月さんである。

 宮原さんは「ピンクとグレー」(加藤シゲアキ)や「服を買うなら、捨てなさい」(地曳いく子)といったベストセラー本の装丁、挿絵から銀座ソニービルの壁画制作、アパレルブランドとの共同商品制作など幅広く活躍しているイラストレーターで2017年から秋田市に住んでいる。私は昨年秋に五城目町で開催された秋田公立美術大学の講座「AKIBI Plus今と昔を繋ぐアート」に講師として招かれた際に初めてお会いした。引っ越してきて間もない宮原さんは、秋田独自の文化について詳しく知るために秋田市から五城目町までバスで通いながら受講されていたのだ。私が秋田の民間信仰について紹介した中で、「秋田県が誇るプリミティブアート(原始美術)です」という触れ込みで人形道祖神の話をした。宮原さんはとても興味を抱かれた様子で、その後すぐに図書館で本を借りて読み「これほど面白い存在は他にあるだろうか」と思ったという。

 年が明けて2月のある日、宮原さんから私に電話があった。

 「人形道祖神についての本を作ってみませんか?」

 県内各地の人形道祖神を取材し、宮原さんがアートの視点からビジュアルイメージを、私が聞き取りや文献資料を基に文章を担当して冊子を作るというものだ。これまで民俗学として道祖神を取り上げた本はあったが、アートとルポルタージュという組み合わせではおそらく初めてだろう。私は快諾した。

 私たちは「秋田人形道祖神プロジェクト」を名乗り、調査活動を始めた。

地域社会にとってどんな存在であるのか

大仙市太田に点在する道祖神は面と「塞三柱大神」と刻まれた石碑の組み合わせが多い

 春から本格的な取材が始まった。人形道祖神が多く分布しているエリアは県南の仙北市、大仙市、美郷町、横手市、湯沢市。そして県北の大館市、能代市などだ。本は夏に刊行するため、取材できるのは5月までという短期間。私たちは毎週のように出かけた。

 ワラ人形の道祖神が祭られている集落では年に1度か2度、作り替えを兼ねたお祭りを行うことが多い。この祭りは4月から6月までの日曜日に集中している。できるだけ道祖神と住民とが一番密接に関わるこの日に取材をし、「地域社会にとって人形道祖神はどんな存在であるのか」を記録することを試みた。

 人形道祖神にまつわるエピソードはその地域によってさまざまだ。村人たちと一緒に集団移転した例、一度は途絶えたものの、災難が続き再び復活した例、明治時代にワラ人形からお面と石碑という不思議なスタイルに変貌した例、一時期は村の女性たちの手で現代人風の人形になったが、再び元の神様の姿に戻った例など、そのどれもがユニークである。背景には地域特有の風土、歴史が見え隠れする。そんなストーリーを掘り起こして伝えることが、この本における私の役割である。


 宮原さんは人形道祖神をありのままスケッチするのではなく、独自の世界観で描いた。それはアーティストとしてこの土着の造形物にインスピレーションを得て制作した作品であり、これまで数多くの芸術家がアフリカ芸術や古代の造形、デザインから影響を受けたことと同様のアプローチと捉えることができるだろう。彼女が描く道祖神は洗練されていながらも力強く、道祖神のアートとしての魅力を再発見させてくれる。

 さらに宮原さんは女性ならではの感性で、ユニークな道祖神のイラストマップや取材の途中に立ち寄ったグルメ情報や花柳界に関するコラムを執筆。これまでにないタイプの「秋田県ガイドブック」になったのではないだろうか。

現代に生きる民間信仰

大館市二ツ屋に祀られている道祖神(ドジンサマ)は朱色に塗られた男女の木像。最も古い形態の道祖神とも考えられる

 取材を通じて、人形道祖神は地域の人々にとって現在でも心のよりどころであり、連帯のシンボルとなっていることを強く感じた。その一方で、少子高齢化によって存亡の危機に直面している例も少なくなかった。実際、行ってみたものの道祖神が見当たらず、住民の方に尋ねると「数年前に作るのをやめた」という集落が何カ所もあった。また「老人ばかりになってこれから何年続けられるか分からない」と言われたこともある。他の伝統行事と同様、秋田の「地域の宝」である人形道祖神を後世に伝えられるかどうかは深刻な課題になっているのだ。

 私と宮原さんは本の入稿後も頻繁に取材に出かけている。それは人形道祖神に魅せられたということもあるが、「取材できる時間は決して長くはないかもしれない」という焦りもあるからだ。

 「新あきたよもやま」では「村を守る不思議な神様」には掲載できなかった取材記録を基に、今後数回に渡って人形道祖神についてのコラムを書いていきたい。

小松和彦さんの過去のコラム一覧です