甲子園「100回」の景色(12)ライバルに、いつか勝ちたい

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[秋田大会決勝で敗れた明桜の前主将・山口航輝さん(18)]

 甲子園の決勝は見ていないんです。

 それまでの試合も、悔しくなるから見たくなくて、でも気付いたらテレビを見ちゃってる。そんな感じでした。

 大阪から明桜高校に進学すると決めた時から、目標は100回大会への出場。ピッチャーとしてもバッターとしても、秋田で1番になるつもりでした。

 2年の春は4番で投手も任せてもらい、県大会優勝。あの頃は投げていて点の取られ方が分からないっていうか、どうやったら負けるのかが分からないっていうか、そんな感じでした。

 でも、その年の夏の秋田大会で、右肩を故障してしまいます。

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【やまぐち・こうき】

 大阪府出身。小学1年で軟式チーム・平野エンゼルス(大阪市)に入り、中学時代は硬式のナガセボーイズ(東大阪市)でエース・4番。16年に明桜高校に進学し、1年生6月の春季東北大会から公式戦に登板した。2年生夏の秋田大会決勝で右肩を負傷してからも4番を務め、2年秋からは主将としてチームを引っ張った。2年夏の甲子園に出場し、初戦の2回戦で二松学舎大付(東東京)に2―14で敗れた。高校通算25本塁打。181センチ85キロ、右投右打。

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