北斗星(9月21日付)

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 平成の初め、東京で1人暮らしをした折、週に1度、スーパーで食料品などをまとめ買いした。その際、秋田産の食品を見つければ迷わずカゴに入れたものだ

▼野菜は季節によってあったり、なかったりした。確実にあるのは納豆。見慣れたおばこ娘のキャラクターが目印だった。その納豆を全国ブランドに育てた山田清繁(せいはん)ヤマダフーズ会長(77)の「時代を語る」が本日付36回目で完結した

▼同社は昭和51(1976)年に東京営業所を開設。平成初めには都内スーパーの定番商品として地歩を固めていたのだろう。茨城工場完成は平成8(1996)年だから、当時食べたのは秋田で作られた納豆だ

▼筆者同様、朝食に納豆が欠かせないという向きは少なくないだろう。流行語にもなった小説「失楽園」で知られる作家・故渡辺淳一さんもその一人のようだ。エッセー集「ぱっちり、朝ごはん」(河出書房新社)に「朝は湯気のご飯に納豆」という一文を寄せている

▼冒頭に「わたしの父は秋田県の出身のせいか、納豆が好きだった」とある。北海道出身の渡辺さんも「炊きあがったばかりのあたたかいご飯を見ていると、自然に納豆を食べたくなる」と好みは父譲りだ

▼同書には発酵学者・小泉武夫さんが寄せた「秋田は納豆王国」と題した随想も。書き出しは「秋田県ではじつによく納豆を食べます」。県内には桧山、角館などの地名を冠した納豆もある。秋田が育んできた発酵食文化の代表格として誇りに感じる。

ヤマダフーズ会長の山田清繁さんが納豆製造に懸けた半生を語っています