イザベラ・バード秋田の旅(9)米代川編

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 滝のような雨が降り、目の前の米代川はごう音を立てて流れていく。1878(明治11)年7月27日、「切石の渡し」(現能代市二ツ井町)に到着すると、既に渡し舟は止められていた。だが北海道への旅を急ぐイザベラ・バードは、舟を雇って上流の小繋(こつなぎ)(同)へ向かった。増水した川をさかのぼるというのに、バードは冒険心を刺激されていたらしい。「何事もない旅が二、三日続いたあとだったから、この舟旅には心昂(たか)ぶった」(金坂清則訳注「完訳日本奥地紀行」より)

 米代川が横断する二ツ井町は、舟なしに羽州街道を進むことはできなかった。渡し場は二つあり、とりわけ北から加護山(きみまち阪)、南から七座(ななくら)山がせり出す場所にある「一里の渡し」は難所として知られた。

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【旅のメモ】

 秋田県史によると藩政時代、米代川流域は橋が普及せず、徒渡りがほとんどだった。バードも米代川を渡った後、早口、岩瀬などの支流を歩いて渡ったという。大館市の早口川では毎年7月、近くの早口小学校が「羽州街道徒渡り」を開催。児童が武士や町娘の格好で渡り、往時を再現している。

【イザベラ・ルーシー・バード(1831~1904年)】

 英国の女性旅行家。1878(明治11)年に初来日し、7カ月にわたって関東、東北、北海道、関西を旅行。80年に旅行記「日本奥地紀行」を出版した。本県には78年7月18日に雄勝峠から入り、羽州街道を北上。横手、秋田、桧山、大館を経て同31日に矢立峠に達した。

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