払田柵跡出土の漆紙に「小勝城」 秋田城と連携裏付けか

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払田柵から昨年度出土した漆紙文書。(1)が「秋田城」、(2)が「小勝城」と書かれている部分=払田柵跡調査事務所提供

 秋田県教育庁払田柵跡調査事務所(高橋学所長)は15日、大仙市と美郷町にまたがる古代・出羽国(でわのくに)の役所跡「払田柵跡」(国指定史跡)から昨年度出土した漆紙文書に「小勝(おがち)城」と記されていたことを発表した。小勝城は、中央政府が出羽国北部の支配拠点として秋田城とともに設けた城柵「雄勝城」を示すとみられる。同事務所によると、古代の国の機関や役所跡で出土した文書から小勝城の文字が見つかったのは、全国で初めて。

 漆紙文書は米のやりとりを記した文書の下書きとみられ、秋田城に兵糧米を送ったことを意味する「秋田城兵粮貳拾漆□」(□は一部欠損)の文言もある。小勝城の記載を見つけた鈴木拓也・近畿大教授(52)=日本古代史=は「秋田城と雄勝城の二つの城柵が、連携して機能していたことが分かる貴重な資料」と話す。

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