イザベラ・バード秋田の旅(11)矢立峠編

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 十三峠(新潟・山形県境)や雄勝峠(秋田・山形県境)、ロッキー山脈のラブランド峠…。旅行家として多くの峠を越えてきたイザベラ・バードが、どこにも増して素晴らしいとたたえたのが、秋田県と青森県の境にある矢立峠だ。1878(明治11)年7月31日、矢立峠を越えたバードはその魅力をこう記す。「ただ一つ孤立して堂々とそびえ、暗く荘厳である」(金坂清則訳注「完訳日本奥地紀行」)

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 「暗さ」は矢立峠の特徴だったらしい。バード以前に訪れた伊能忠敬(1802年)や吉田松陰(52年)もそれぞれ「木蓋(おおい)て闇(くら)し」「杉檜(さんかい)天を掩(おお)ひて昼また暗く」と書き残している。「矢立自然友の会」の中村弘美会長(大館市)は「現在の峠はほとんど樹齢数十年の人工林になってしまったが、かつては天然秋田杉だった。大木が並び、昼も薄暗い林だったのだろう」と話す。

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【旅のメモ】

 「矢立小峠は道の博物館」と、矢立自然友の会の中村弘美会長は言う。白神山地と奥羽山脈の間にあって標高約250メートルと低い矢立峠には、時代をともにさまざまな道が整備された。1899(明治32)年には奥羽北線が開通。明治新道の本県側入り口近くには、往時をしのばせる旧線のトンネルや橋脚の一部が残っている。

【イザベラ・ルーシー・バード(1831~1904年)】

 英国の女性旅行家。1878(明治11)年に初来日し、7カ月にわたって関東、東北、北海道、関西を旅行。80年に旅行記「日本奥地紀行」を出版した。本県には78年7月18日に雄勝峠から入り、羽州街道を北上。横手、秋田、桧山、大館を経て同31日に矢立峠に達した。

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