時代を語る・浅利京子(24)余興の出番遠ざかる

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先輩芸者(右)と踊る=昭和48年、あきたくらぶ
先輩芸者(右)と踊る=昭和48年、あきたくらぶ

 昭和47(1972)年2月、3年半ぶりに秋田市に戻り、置き屋「若柳」で芸者の仕事を再開しました。でも辞める前とまるきり同じというわけにはいかなかったよね。戻った当初は、お座敷の余興などでの出番がほとんどありませんでした。

 余興というのは特別にご披露する舞台のことで、お花代(料金)とは別に余興費が支払われます。大きな会場で開かれるお座敷や会合、結婚式などで披露することが多かった。私が現役の頃は、「段もの」といって「連獅子」や「子宝三番叟(さんばそう)」など長い曲を見せることもあったし、小唄や民謡など何曲か組み合わせた「吹き寄せ」を披露することもありました。

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