時代を語る・浅利京子(26)三味線で泣かす名妓

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若吉(左)の三味線で踊った名披露免=昭和56年
若吉(左)の三味線で踊った名披露免=昭和56年

 昭和56(1981)年4月、花柳流の名を頂いたことを披露する「名披露免(なびろめ)」を秋田市で開きました。置き屋「若柳」の母・若吉(本名・寺門操さん、故人)は前年に足を骨折してつえをつきながら会場に来ましたが、私が踊る時には舞台に上がって三味線を弾いてくれました。

 若柳若吉が引退したのは、この年の12月です。大正11(1922)年に舞妓(まいこ)として出てから約60年、71歳になっていました。川反を代表する名妓(めいぎ)でしたから、引退を惜しむ人が多くてね。小畑勇二郎元知事ら、そうそうたるメンバーが発起人になって慰労会も開かれました。

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