時代を語る・西木正明(3)空襲避け冬の秋田へ

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出征前の父と=2歳の頃
出征前の父と=2歳の頃

 新潟の学校を出て医者になったおやじは東京・赤坂の前田外科病院に勤めることになり、一家で小岩(江戸川区)の一軒家に移り住みました。私が生まれて2年後の昭和17(1942)年のことです。

 ところが太平洋戦争の開戦(16年12月8日)直後でしたから、おやじはすぐに従軍医に取られてパラオへ向かいました。その段階でおふくろは2人目を身ごもっていて、おやじがいない間に私の妹が生まれましてね。まずいことに程なくして東京で空襲が始まってしまった。

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