あきた平成から新時代へ:ハタハタ禁漁 漁獲量減り漁師決断

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価格は史上最高で、漁獲量は2番目に少なかった91年の季節ハタハタ=男鹿市北浦
価格は史上最高で、漁獲量は2番目に少なかった91年の季節ハタハタ=男鹿市北浦

 「秋田名物 八森ハタハタ…」。秋田音頭に歌われるほど、県民のハタハタへの思い入れは強い。昭和末期から平成にかけての漁獲量激減を受け、漁業者は1992(平成4)年、3年間の禁漁を決めた。資源を次代につなぐために選んだ手段だ。一地域の漁業者による自主的な全面禁漁は、世界でも例を見ない取り組みだった。

 本県のハタハタの年間漁獲量は60年代後半に2万トンを超えたが、76(昭和51)年以降急減した。禁漁直前の91(平成3)年はわずか71トンでピークの0・3%にとどまった。

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