遠い風近い風[十田撓子]長い見送り

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 遺棄された場所は、かなしい。森の中で、がらんどうの窓から千切(ちぎ)れたカーテンをたなびかせる集合住宅と廃園に行き当たった。すっかり生気を失いきれず、何かの残響が浮遊している。ものの影が砂のように音もなく形を変えていく。この場所をつくったこと、その開発や一つの世界のありかたを、何も残さず更地にする最後まで立ち会う人がいないのは明らかだった。誰かの眼(め)に映るのを待つ震えと、触れられるのを拒む無垢さ、その慄(おのの)きにじっと耐えている場所のかなしさの前に、私は立ち尽くす。そういう夢だった。

 或(あ)る場所の住人が亡くなる。その家は雪で潰(つぶ)れて、草が生え、元は何であったか、いつか忘れられる。埋め戻され、痕跡も消えて風景からも忘れられる。耕作放棄地や山林も、多くの人はふだんそれらに気づかず、時には見ないようにさえしている。しかし、跡形なく整地されたその日を限りに、私たちが見知ったものを忘失することはない。

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