北斗星(2月23日付)

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 「娘(息子)が今、いじめに遭っている。どうしていいか分からない」。仕事柄、そんな話を聞く機会が多い。すぐに取材するのだが、記事化は簡単ではない

▼10年ほど前、県内の中学校。「学校でいじめが行われているうわさがある」と水を向けると、校長は「本校ではない」と断言した。「いじめアンケートを実施しており、そのような記述はない」のが理由だった

▼何も書かないのは学校も信用できないから―。いじめられている生徒の思いだ。学校の知るところとなれば「チクった」といじめが陰湿化し、本人が一層孤立を深める懸念がある。いじめる側が改心することも期待薄だ。親も「卒業まで我慢するしかない。問題化しないで」と求めてきた

▼社会問題化するのは自殺した時などごく限定的なんだと痛感させられた。大津市のいじめ自殺訴訟の判決で、大津地裁は中2男子へのいじめと自殺の因果関係を認め、元同級生2人に損害賠償を命じた。提訴から7年。被害救済へ光を当てる司法判断が出た

▼ハチを食べさせるなどの加害行為は「遊びの延長」。死ねと言ったのは「あいさつ程度(の認識)だった」。公判では、いじめる側の言葉の軽さ、罪の意識のなさも浮き彫りにされた

▼このいじめ問題をきっかけにいじめ防止対策推進法が2013年に施行された。だが以後もいじめで命を絶つ事案は相次いでいる。いじめた側も重い代償を払う責任がある。そう認定した判決が問い掛けるものは大きい。