あきた平成から新時代へ:あきたこまち エースの座、変わらず

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化粧袋に詰められ初出荷される平成元年産のあきたこまち=89年10月9日、秋田市
化粧袋に詰められ初出荷される平成元年産のあきたこまち=89年10月9日、秋田市

 秋田のコメといえば「あきたこまち」。平成の30年間、それは変わることがなかった。

 「あきたこまちを作らないと秋田の農家ではない。そう言われる時代だった」。元県農業試験場長でJA全農あきた参与として農家の栽培指導に携わってきた児玉徹さん(72)は振り返る。

 1984(昭和59)年デビューのあきたこまちは、コシヒカリを上回るとされた食味と柔らかなネーミングで、当初から高い人気を誇った。本格生産が始まった85年の作付面積は2800ヘクタール余りだったが、88年には3万4千ヘクタールを超え、県内で最も多く作られるコメとなった。96(平成8)年から2011年まで品種別の作付け割合は8割を下回ることがなく、06年には87・7%に達した。県内の水田のほとんどはあきたこまちだった。

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減反廃止に伴い、大きな転換期を迎えた米作りの動向を追いました

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