阿部雅龍の南極冒険記(7)自然の中の時間幸せ

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南極点で白瀬南極探検隊の旗を胸に掲げる筆者(1月18日撮影)
南極点で白瀬南極探検隊の旗を胸に掲げる筆者(1月18日撮影)

 アムンゼン、スコット、そして白瀬矗(のぶ)中尉が人類初の南極点到達を目指し競争を繰り広げてから100年余り。技術の進歩により冒険は変わった。今では衛星携帯電話で南極から日本に電話できるし、スマートフォンを衛星携帯に接続すればショートメッセージと低画素の写真を送ることもできる。ベースキャンプを遠く離れても、ウェブサイトで位置情報と日記を更新することができたのはテクノロジーのおかげだ。

 一方、テクノロジーを気軽に活用し過ぎると、冒険の本質を見失ってしまうような気がする。

 僕と同時期に南極点を目指した冒険家の中には、冒険中もメールで連絡を取り合っている人たちもいた。僕はそれを拒絶した。嫌なやつと思われたかもしれない。しかし、世界の果てまで来て他人の動向を気にし、一喜一憂してどうしようというのか。

 現代社会では自分の内面と向き合う時間が少なくなった。街には情報があふれているし、スマホは絶えず着信を知らせる。

 南極をひとり歩いているとき、得られる情報は自然の声のみである。内省するには最高の環境だ。約2カ月間、人間どころか他の生物すら見ることがなかった。聞こえるのは自分の呼吸と風の音だけ。風がなければ無音の世界になる。無音過ぎて静寂がうるさく感じる。

 荒れ狂うブリザードの中、牛乳の中で目を開けたようなホワイトアウトの中、南極晴れで雪の地平線が360度広がる中…。問いかける相手は自分しかいない。人生を考える時間が十分にあった。それは幸せなことだと心から感じた。僕らはあまりに自分のことを知らずに生きているのではないだろうか。

 南極点で白瀬南極探検隊のシンボルマーク・南十字星を描いた「南極探検旗」を掲げた。僕の次なる夢は、白瀬中尉の最終到達点「大和雪原(やまとゆきはら)」に立ち、そこからルートを延ばして再び南極点に帰ってくることだ。

 白瀬ルートは今回のメスナールートとは比べものにならないほど困難な挑戦となるだろう。出発点は、南極で民間機によるフライトを唯一許された飛行機会社が運営するベースキャンプから遠く離れている。僕ひとりのために燃料補給を繰り返しながら出発点に行くには、1億円を超える資金が必要になる。

 技術的にも体力的にも今回よりきつくなるのは間違いない。大和雪原の先は人類未踏で情報が全くない上、南極横断山脈を越えなくてはならないからだ。

 それでも僕は挑戦する。白瀬中尉の未完の夢を引き継ぎ、未来へつなぐために。今までそうしてきたように、努力すれば実現できる。僕はそう信じている。

 〈終わり〉

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