時代を語る・千田宏二(18)枝混み合い作柄悪化

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矮化研究会の剪定講習=昭和60年ごろ、増田町(現横手市)
矮化研究会の剪定講習=昭和60年ごろ、増田町(現横手市)

 矮化(わいか)栽培を始めるに当たり、長野の技術をそのまま取り入れていいのかどうか不安でした。日照時間が長野の方が長いなど気象条件が違うからで、資料を取り寄せ県果樹試験場に相談しました。長野では4メートル間隔で植えた木の列を2メートル離して並べていく格好で植栽していました。ここではそれぞれ4・5メートル、2・5メートルと少し間を広げました。日照不足を補うためです。樹高は3・5メートル以内、積雪を考えて地上から1メートル内の幹には枝を付けないことを「矮化研究会」で申し合わせました。

 みんな新しい栽培法に燃えていました。平鹿果樹農協の管内では水田を転換した畑に、燎原(りょうげん)の火のごとく矮化リンゴが広がりました。この時は後々苦労することになるとは夢にも思っていませんでした。

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