北斗星(6月12日付)

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 継母に虐げられた娘が最後に幸せになり、継母が仕返しされる。「シンデレラ型」とも呼ばれる継子いじめの物語は昔話の典型だ。類似した話は世界各国に見られ、日本にもある

▼平安中期、10世紀末の作とされる「落窪(おちくぼ)物語」もその一つ。皇女の母を亡くした姫が、床が一段低い部屋に住まわされる。陰湿になりがちな話を時に明るく叙述し、日本の継子物の最古といわれる古典。貴族社会の描写は史料としても貴重だ

▼この古典を翻案し、現代文で書いた小説がある。田辺聖子さんの「舞え舞え蝸牛(かたつむり)」。1975年12月から翌76年6月まで171回にわたり、本紙に連載された。現在は「おちくぼ物語」の題名で文庫本になっている

▼田辺さんが91歳で亡くなった。夫を「カモカのおっちゃん」の名で頻繁に登場させた軽妙なエッセーでも知られた。人気作家ながら大家ぶらず、新聞やテレビでは満面の笑みを見せた。独身中年女性が主人公の恋愛小説が多い。それ以外に、落窪物語を手始めに「源氏物語」など古典の現代語訳にも取り組んだ

▼作家稼業の傍ら、夫と前妻との4人の子を育てた。実生活で葛藤はあっただろうが、ユーモア小説と呼ばれるだけあって、悲恋に終わる作品にも、どこか明るさが漂っていた

▼落窪物語は後半、姫の夫となる貴公子が継母に報復するが、自ら「王朝版シンデレラ」と称した「舞え舞え―」では継母に救いを与えるラストを用意した。優しいまなざしを感じさせる作家だった。