北斗星(7月30日付)

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 「おくのほそ道」の旅で俳人松尾芭蕉と門弟曽良が象潟(にかほ市)に到着したのは、新暦で1689年8月1日昼のことだった。曽良の日記から到着前後の天候を見ていくと、2人は象潟で梅雨明けを迎えたのではないかと思えてくる

▼7月31日、今の山形県酒田市を出発したが、雨が激しく途中で1泊。1日も雨が続き、船小屋で雨宿りしている。宿屋では衣類を借り、ぬれた衣を乾かした

▼翌2日の午前中は小雨の中、蚶満寺を訪ねた。昼から日が差してきた。夕食後に船で象潟巡りをした。3日は早朝から快晴で、鳥海山の眺めを楽しんだ。雨がちの天候が続いていたのに、象潟を境に好天に転じているのだ

▼とはいえ、芭蕉が描いた象潟で印象的なのは雨の情景だ。広く知られる「象潟や雨に西施がねぶの花」の句の影響もあるだろう。日曜日付本紙に「象潟を詠む」を連載中の齋藤一樹にかほ市教育次長は、芭蕉が現地入りした際に雨が降っていなかったら「象潟のイメージは全然違ったものになっていただろう」と指摘する

▼雨に煙る象潟の風景を楽しんだ後で天候が回復し、鳥海山が雄大な姿を現すのは圧巻の光景という。芭蕉は雨と晴れの両方の象潟を堪能できる絶妙なタイミングで訪れた。そんな幸運な巡り合わせが、いつでも可能なわけではない

▼今年の東北は、まだ梅雨明けの発表がない。天気予報が「雨のち晴れ」の日を選び象潟を訪ねれば、330年前の芭蕉の気分を味わえるかもしれない。