北斗星(8月7日付)

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 試合途中でテレビ中継が打ち切られ、ラジオの実況に耳を傾けていたのを思い出す。1968年の第50回全国高校野球選手権大会。初出場の秋田市立は初戦で兵庫の市神港と対戦した

▼地元の強豪が相手で分が悪いのではと思っていたが、7―2で快勝。6番打者が八回にランニング本塁打を放つと、近所からも歓声が聞こえてきた

▼市立野球部の礎を築いたのは64年から監督、部長を務めた野中和郎さん(84)だ。当時の青柳吉隆校長から強化を託された。甲子園に出ることで「生徒の愛校心、プライドを高めたい」という青柳校長の情熱はすさまじいものだったと述懐する

▼校舎が不審火で全焼し、遠征用に購入した野球用具一式も燃えてしまった。野中さんは予定していた千葉遠征中止を申し出た。だが青柳校長から「『無理をしてでも行かせてほしい。その代わり必ず甲子園に行く』と言ってくるのが筋だ」と一喝され、遠征は行われた。初出場を決めた前年のことである

▼令和初の甲子園大会が開幕した。秋田中央がきょうの第4試合に登場する。前身の市立時代以来、45年ぶり。京都の立命館宇治と対戦する。佐藤幸彦監督は91年の甲子園に秋田の主将として出場した。初戦の相手は同じ京都の北嵯峨で、サヨナラのホームを踏んだのが佐藤監督である

▼第1回大会は秋田中と京都二中の決勝だった。京都勢との対戦は縁が感じられる。市立の伝統を受け継いだ古豪の復活。甲子園で新たな歴史を刻んでほしい。

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