北斗星(8月15日付)

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 1938年8月15日付の本紙に紙面の下半分を使い「職業野球団大試合」の広告が載った。16日に秋田市茨島球場で開かれるプロ野球の試合の告知だ。広告主はライオン歯磨(現ライオン)。カードは「ライオン軍対巨人軍」だった

▼ライオン軍は前年夏、ライオン歯磨がスポンサーになり改称した。前身は旧制秋田中出身の伊藤勝三監督が一時率いた「大東京」。広告は同社製品の外箱などを持参すれば半額で入場できるとうたった。野球ファンはこぞって歯磨きを買ったことだろう

▼ライオン軍の興亡をつづった「広告を着た野球選手」(山際康之著、河出書房新社)によると、ライオン軍は春秋のリーグ戦の合間、販売促進のために各地を巡業した。39年には大阪タイガースを伴って来県した

▼冒頭の広告が載った日の本紙は「支那・夏の陣から」と題し、中国に出征した県人兵士が家族に宛てた手紙を紹介した。日中戦争は始まっていた。戦時色は年々濃くなり、英語が敵性語とされると各球団は名称を漢字に改めた。タイガースは「阪神」、ライオン軍は「朝日」と名乗った

▼プロ野球は日米開戦後も続いた。選手が次々に出征して球団編成は困難になっていく。44年までに全球団が活動を休止。ライオン軍は戦後、別の名称で復活し、合併を経て今の横浜DeNAベイスターズにつながる

▼きょう15日は終戦記念日。戦争が庶民の娯楽をも奪った歴史を忘れてはいけない。野球を楽しめる平和が続くよう願う。