時代を語る・舘岡誠二(1)傘寿、今も取材現場へ

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「湖畔時報」の看板が立つ八郎潟町の自宅前で
「湖畔時報」の看板が立つ八郎潟町の自宅前で

 「湖畔時報」会長で俳人の舘岡誠二さん(79)=八郎潟町=に来し方を語ってもらいます。

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 昨年、八郎潟町の敬老式で傘寿祝いの鳩杖(はとづえ)を頂きました。これを機に今春、週刊新聞「湖畔時報」の社主を長男に譲って私は会長になりました。でも取材は今までと変わることなく、長男と2人で続けています。満で80歳になるのはこの10月です。

 湖畔時報は、南秋田郡の4町村と潟上市を取材エリアとしています。妻の父で日本画家の舘岡栗山(りつざん)が昭和26(1951)年に創刊しました。私は五城目町の酒造店勤務を経て平成2(1990)年1月、50歳の時に社主を引き継ぎました。

 それから29年。ローカル新聞ではありますが、この年で記者をやっているのは珍しいと思います。あらゆる人に接触できる仕事ですから、潟上南秋で人を一番多く知っているのは自分じゃないかなと自負しています。

 2年前に運転免許を返納しました。取材は長男や長男の妻、それに弟、妹らの車に乗せてもらったり、電車やバスを利用したり。不便になりましたが、やはり交通事故を起こすと大変なのでね。

 取材は私と長男、会計事務は妻と長男の妻が担う4人だけの家族経営です。毎週木曜発行なので、前日の水曜は校正に加え、郵送分を4人で帯封する作業に追われて、晩ご飯はいつも遅くなります。広告も自分たちで集めるのでとにかく多忙ですが、人と接するのが楽しい。同じ世代の人が亡くなっていく寂しさも感じる中、人の温かさに触れられるこの仕事をありがたく思っています。

 そして俳句があります。中央の「海原(かいげん)」と地元八郎潟町の「寒鮒(かんぶな)」、この二つの俳誌に出句しているので毎日作らないと追い付かない。湖畔時報の仕事とは頭をスパッと切り替えて句作し、その中からいいのを選んで出しています。

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