時代を語る・舘岡誠二(10)22歳で「青泥」を創刊

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「青泥」第3号。昭和37年6月発行。表紙は後に義父となる舘岡栗山作
「青泥」第3号。昭和37年6月発行。表紙は後に義父となる舘岡栗山作

 昭和36(1961)年8月に初句集「土性骨(どしょっぽね)」を完成させた後、俳句雑誌の創刊へ動き始めました。師匠の村井由武(よしたけ)さんに勧められ、一度はためらった私ですが、句集を作り少し自信がついたのかもしれません。

 当時中央では有季定型の「伝統俳句」に対し、社会性に富んで無季・自由律の「前衛俳句」が登場するなど、俳句界の論争は盛んでした。私は地方の秋田においても、若者たちが発表し批評し合う場をつくり、俳壇を活気づけなくてならないと思うようになったのです。

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