食と戦争:あの頃を語る 家と田畑、女性が守る

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左から佐藤テツヨさん、関谷ハルさん、佐藤チヱさん
左から佐藤テツヨさん、関谷ハルさん、佐藤チヱさん

 戦中の食と日常について、秋田市外旭川の笹岡地区に暮らす3人の女性たちに語ってもらいました。

 ◇  ◇

 佐藤テツヨさん(90)昭和3年12月29日、秋田市外旭川生まれ。終戦時は16歳。

 関谷ハルさん(102)大正6年3月5日、秋田市土崎生まれ。終戦時は28歳。

 佐藤チヱさん(89)昭和5年4月20日、秋田市下北手生まれ。終戦時は15歳。

 ◇  ◇

 ―戦中の食べ物の思い出は。

 チヱさん あの頃は、とにかく軍隊が大事な時代でな。米でもたくあんでも、何でもかんでも軍隊に持って行かれた。

 テツヨさん 機械もなくて、米は全部人の手で作ってたから、6俵か7俵しか取れなかった。それを半分も持って行かれれば、子どもたちに食べさせる分がなくなってしまう。うちには私の下に6人きょうだいがいたからな。

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