雄勝城は雄物川町に? 横手、研究者が講座で見解

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約200人の歴史ファンが参加した「後三年合戦沼柵公開講座」
約200人の歴史ファンが参加した「後三年合戦沼柵公開講座」

 平安時代の後三年合戦(1083~87年)に関連した遺跡について考える「後三年合戦沼柵(ぬまのさく)公開講座」が29日、秋田県横手市雄物川町の雄物川コミュニティセンターで開かれた。市教育委員会が2011年度から行っており、市内外の歴史ファン約200人が参加。今回は未発見の古代城柵(じょうさく、軍事機能を備えた行政府)の雄勝城や由理柵(ゆりのさく)への考察を深めた。

 雄勝城は、律令(りつりょう)国家が奈良時代の759年に設けた古代城柵。歴史書にたびたび登場するが、場所は不明のまま。これまでに湯沢城説、山田村(現湯沢市)説、払田柵(ほったのさく)(大仙市・美郷町)説、郡山(羽後町)説などが提起されてきた。

 座談会では、秋田城跡歴史資料館の伊藤武士事務長が司会、雄勝城・駅家(うまや)研究会の高橋学代表、由理柵・駅家研究会の小松正夫代表らがパネリストを務めた。

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