北斗星(10月13日付)

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 簡潔で温かい。40年以上前の中学生の頃に、イラストレーターの和田誠さんの絵を初めて見た印象だ。星新一さんの小説の挿絵だった。和田さんが表紙を手掛けた本を買うようになり、本が好きになった

▼東京での学生時代、たまたま和田さんの家の近くに住んだ。雨の日に、電車で通学する小学生の息子たちを駅で待つ姿をよく見た。子どもの傘を持っていた。「麻雀放浪記」(1984年)で映画監督としても注目された時期だ

▼和田さんが83歳で亡くなった。イラストだけでなく、軽妙なエッセーの新作にももう出合えない。その死を惜しむ人は多い。横浜市の出版社「春風社」の社長三浦衛さん(61)=井川町出身=もその一人だ

▼三浦さんが和田さんに初めて装丁を依頼したのは南極越冬隊員の手記「面白南極料理人」(2001年)。表紙は和田さん、帯の推薦文は和田さんの妻で料理愛好家の平野レミさんが担当した。本は好評で、映画の原作になった

▼「当時創業3年目のヨチヨチ歩きの会社に元気をくれた」と三浦さんは感謝する。本の内容をどうデザインしてくれるかが楽しみで、その後も7冊を装丁してもらった。哲学者の対談集は、若葉にじょうろで水をやるイラストのあか抜けた表紙になった

▼似顔絵が有名だった。三浦さんは「対象の本質を洞察する力があるからこそ、シンプルな線で描けた」と語る。温かい印象の作品の裏には鋭い観察眼があった。幅広い活躍をあらためてたどってみたい。