時代を語る・佐藤清太郎(21)長年かけ作業道整備

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「健康の森」にある案内板。茶色部分が基幹道
「健康の森」にある案内板。茶色部分が基幹道

 昔、私の山には「けもの道」と主に山菜・キノコ採りで使う「山道(やまみち)」しかありませんでした。ここを通って山に入り、除伐、間伐(間引き)など人の手で木を育てていました。木材用に切り倒した原木(丸太)は、斜面に積もった雪の上を滑らせて麓まで下ろし、馬そりで運搬しました。集落内を流れる鮎川に流し入れ、製材所まで運ぶこともありました。自然をうまく利用していたのです。

 昭和40年代に入り、作業用の道づくりに取り掛かりました。山林のあちこちに植林した秋田杉が成長。それに合わせ、作業道を設けていかないと、手入れをすることも切り出すこともままならないからです。ちょうど林業機械や運搬車も普及し始めていました。林業機械や運搬車が通れる幅の作業道の必要性も高まってきていたのです。

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