時代を語る・矢口高雄(1)漫画は害虫じゃない

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「漫画への見方は変わった」と語る=東京都目黒区
「漫画への見方は変わった」と語る=東京都目黒区

 漫画家矢口高雄さん(79)=本名・高橋高雄=に半生を語ってもらいます。

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 昭和45(1970)年に漫画家になりました。それ以前は12年余り、羽後銀行(現北都銀行)に勤めました。3歳と1歳の娘がいましたが、銀行を辞めて漫画を描くと決断したわけです。それから数えて今年がちょうど50年目になります。

 漫画って一体、何でしょうね。

 銀行員を辞めて上京する時、妻の弟が餞別(せんべつ)代わりに広辞苑をくれました。当時の「漫画」の定義は「単純・軽妙な手法で描かれ、無邪気な滑稽を主とする絵」。「無邪気」は「深い考えのないこと」「あどけなくかわいらしいこと」。そうすると漫画というのを乱暴に解釈すれば、「単純な線で描いた、取るに足らない子どもっぽい面白おかしい絵」となる。

 当時、漫画は子どもの読み物という価値観や印象が根付いていたんじゃないかな。辞書といえども、その時代の空気感みたいなものを反映して語釈を付けるわけだから。

 昭和27年に西成瀬中(現増田中)に入った頃、次々と漫画の月刊誌が出てきたの。学校で回し読みすると先生の目に留まってたちまち取り上げられ、廊下に立たされた。ある先生は「漫画は教育上、百害あって一利なし。害虫である」と言ったんだ。これが当時の考え方だった。

 大人になってこの状況を変えたいと思った。それには漫画の原画を見てもらえる美術館を造るのがいい。それが平成7(1995)年の増田町まんが美術館誕生の発端でした。

 こんにち、漫画を取り巻く状況はどうでしょう。漫画は海外で人気のある日本文化「クールジャパン」の代表格。どこの国でも大人気です。新聞でも広告でも漫画を見ない日はない。学力テストにも漫画が載る。

 もう漫画を子どもだましとか害虫のように思う人はいない。時代は変わったんです。

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