サッカー田口光久さん死去 「誇り高い指導者」と悼む声

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 秋田市(旧河辺町)出身で、サッカー元日本代表ゴールキーパーの田口光久(たぐち・みつひさ)さんが死去した。

 秋田商高3年時に全国高校総体で準優勝した。卒業後、三菱重工(現J1浦和)入りし、77年から7年連続日本リーグベストイレブン。78~79年には日本リーグ、日本リーグカップ、天皇杯の3冠を達成した。日本代表では国際Aマッチ59試合に出場し、主将も経験。引退後は経法大付高(現明桜高)、青森山田高などで指揮を執り、テレビのバラエティー番組でも活躍した。

 選手として実績を残し、引退後は県内でも後進の指導に当たった田口光久さん。県内のサッカー関係者からは悼む声が上がった。

 「天皇杯優勝をはじめ日本代表としても輝かしい功績を残した。非常に残念だ」と語る県協会の尾形隆会長(71)。指導者として経法大付高(現明桜高)を率いていた時の印象が強く残っており、「熱血漢で、誇り高い指導者だった」と思い出す。

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