北斗星(11月20日付)

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 「日本スポーツ界の汚点」として忘れてはならないことがある。1980年、旧ソ連によるアフガニスタン侵攻を受け、日本オリンピック委員会(JOC)はモスクワ五輪への不参加を決めた。米国が抗議のためのボイコットを西側諸国に呼び掛け、日本政府が同調。JOCは圧力に屈した

▼「幻の代表」となった選手には金メダル候補と目された柔道の山下泰裕さん(現JOC会長)、マラソンの瀬古利彦さんらがいた。県勢も、水泳の長崎宏子さんら8人が含まれていた

▼来年の東京五輪のマラソンと競歩が、暑さ対策のために急転直下、札幌で行われることになった。瀬古さんは現在、日本のマラソン強化の中心人物。モスクワでは政治に翻弄(ほんろう)され、今度は国際オリンピック委員会(IOC)の強権に振り回された

▼東京開催を前提に強化を進めてきた。記者会見では無念さを隠せなかった。男子代表の服部勇馬選手から、モスクワのボイコットを引き合いに「まだ札幌でできるのは瀬古さんに比べて幸せ」と言われ涙したという

▼マラソン、競歩ともに大通公園が発着点。マラソンはさっぽろテレビ塔付近や北海道大キャンパスなどを通り、市内を2周する見込み。男子は五輪最終日の8月9日開催で調整中だ

▼開催地変更で選手らの宿泊先、ボランティアの確保、警備態勢など課題は山積している。選手の健康が第一なら将来、真夏の五輪開催自体を考え直す必要がある。東京五輪は大きな問題提起の場となる。

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