北斗星(11月30日付)

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 中曽根康弘元首相はタカ派の代表格として知られる。現憲法は米国から押し付けられたものだとの考えから、自主憲法制定の必要性を強く訴えた。だが自民党の党是でもある改憲には首相在任中も踏み込めなかった

▼終戦によって解放された国民が、もう二度とあんな目に遭いたくない、こりごりだとの思いから9条を変えることに大きく反発している。そうした人たちの理解を得る丁寧な作業なしに改憲などできるはずはない。著書「自省録」(新潮文庫)で自身の歩みを振り返るとともに、そんな心情を率直につづった

▼海軍将校として太平洋戦争に従軍した。洋上で米軍の激しい攻撃に見舞われ、多くの戦友を失った。そうした経験が政治家の道を進む契機になったとも書いている

▼率いる派閥の規模が小さくて支持基盤は脆弱(ぜいじゃく)だった。変わり身の早さから「政界の風見鶏」とやゆされたものの、1982年に首相に就任してからは、国鉄や電電公社などの民営化に次々着手。行財政改革に強いリーダーシップを発揮した

▼中曽根氏がきのう死去した。101歳。大往生である。2003年に政界を引退してからも、シンクタンクの代表として政治に関するメッセージを発信するなど、意気軒高だった。改憲は政治家がなすべき重要な仕事だとして、その意義を説き続けた

▼ただ、先の著書にあるように、実現には国民の後押しが大前提との姿勢を崩さず、抑制も利いていた。大局を見る存在感のある政治家だった。

秋田魁新報電子号外