時代を語る・安藤恭子(4)父の死、実感が湧かず

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父から届いたはがき。最期の言葉となった
父から届いたはがき。最期の言葉となった

 昭和18(1943)年11月2日、角館国民学校(現角館小学校)の授業中に家のお手伝いさんがやって来て、廊下に呼び出されました。尾去沢町(現鹿角市)の尾去沢鉱山に勤労奉仕に出掛けた父直亮(なおすけ)が落盤事故に遭ったというのです。母キヨは下の妹2人を連れて尾去沢に向かったので、私はもう1人の妹と2人で留守を守るように言われました。

 最悪の結果が待ち受けていました。父が亡くなったのです。まだ30歳でした。政治家になって国を、町を良くするという夢はかないませんでした。

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