時代を語る・安藤恭子(6)家では威張る「親分」

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戦時中、家族と自宅庭で。最前列で妹を抱っこ
戦時中、家族と自宅庭で。最前列で妹を抱っこ

 学校ではめそめそしていましたが、家では威張っていましたね。遊ぶのは妹3人と、その友達。みんな私より年下ですから。10人以上でままごとなんかをしていました。ある日、近所の家で飼っていた豚が庭に突進してきました。親分気取りで豚に向かって両手を広げ、後ろの女の子たちに「みんな逃げろ」と叫んだのを覚えています。

 冬はそり滑りが楽しかったなあ。屋根の雪が家の周りに落ちて積み上がり、屋根から滑り降りることができました。戦争で召集されて男手が少なく、雪寄せまで手が回らなかったのだと思います。以前はみそ、しょうゆの職人さんが20人近くいたそうですが、父が亡くなった昭和18(1943)年ごろは5、6人ぐらいだった気がします。

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